家庭教師・1対1の可能性
なぜ家庭教師なのか?
家庭教師が不要な生徒
ご存知のように、塾に通っているだけで良い成績をとる生徒は一定数います。
彼らは、決して早くから塾に通っているわけでもなければ、人の何倍も努力しているわけでもありません。
塾で問題に取り組ませているだけで、どんどん吸収します。
家庭教師を付けるまでもなく、一流校に合格していくのでしょう。
家庭教師の力が本当に試されるのは、出来る生徒に対する予定調和の仕事ではないのかもしれません。
私自身の家庭教師の体験
私自身も高校三年生の時、家庭教師を付けました。
足を怪我してしまい、夏休みの間動くことが出来なかった為、勉強にメリハリをつける為に、両親がつけてくれたのです。
担当科目は英語でしたが、わずか数回の授業で、今までの暗記中心の勉強から脱却することができました。
その後、偏差値は数か月の間で20程度上昇し、英語を得意科目として受験を迎えることが出来ました。
この体験を通じて、私は自分でも想像できないほどの成長を初めて体験したのです。
1対1ならできること
私は、現在も様々な事を勉強する機会があります。
その時は、資金面で可能な範囲で個人レッスンを利用するようにしております。
自分に必要な事を考えて与えてくれる人間が側にいるということは、緊張感もありますが、成長も早いと実感しました。
自分が1対1の訓練を通して感じたことを、私の生徒にも還元していきたいと考えております。
一対一には、集団で均一の授業にはない、大きな可能性があるのです。
才能とは何か?
傑出性練習説
傑出性練習説という説があります。
その説の提唱者は、オリンピックのメダリストや一流の音楽家などの小さいころからの環境や行動を徹底的に分析し、傑出した能力を持っている人物は、それだけ上質の訓練を長期間受けているという結論に達しています。
私もこの説が正しいと信じております。
能力の高い人の行動を冷静に分析し、見習うべき所を取り入れていけば、必ず自分の望む力を身に付けることができると確信しております。
才能を作るのは、創意工夫され、体系立てられた努力なのです。
教師の器の大きさの分だけ、生徒は成長する
生徒が成長していく為には、教える人間の器の大きさ、人間力は必要不可欠なものと私は考えます。
私自身、毎日授業で似通った内容のことを話しているだけでは、自分の言葉に説得力が無くなってくるのを肌で感じます。
そうなることを防止するためにも、私は、常に新しい事に挑戦し、知識を得ることにしています。
各担当科目の研究に加え、様々な分野の勉強をすることで、生徒に刺激が与えられるものと感じております。
私自身が、考える力、勉強の喜びを得る為に努力せねばなりません。

